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『おそめ』

石井妙子著(新潮文庫)
成城の三省堂書店で購入。税別667円。本文432ページ。

京都祇園の芸妓からバーのマダムになり、東京銀座にも出店した
「空飛ぶマダム」の半生記です。
著者が実在の主人公に興味を持って周辺取材を重ね生み出した作品。

私が思ったことは主に二点です。
一つは「嫁」ということ。
もう一つは「戸籍上の家族」ってなんだろうということ。

「嫁」については、意思も発言権も認められないという戦前の状況に
心が痛みました。
主人公・秀(ひで)の母親が嫁して過ごした京都の家庭は因習に縛られ、
嫁に人権などなく、父が引き入れた愛人に給仕をしなければいけない状態。
この章を読んだ私は突飛なことに、
日本が第二次大戦に負けて男女平等の憲法ができたことを思い出し
感謝してしまいました。
経済状態はさておいても昔の「嫁」はほんとうに大変だったということに
強い印象を受けました。

秀は、新橋で修行して京都に戻り芸妓としてデビューします。
京都で主流の舞踊流派(井上流)を修めていなかったのと年齢的なことから
舞妓の時期はなく、芸妓デビューとともに人気を博し
周囲のたくさんの女性からの嫉妬に苦しみながらも
やがて落籍されて(ひかされて)いわゆる二号さんになります。

華やかな宴席で大勢から注目を浴びることに慣れ、またそれこそ栄養だった彼女は
一人の人に囲われる生活を嫌って、終戦のころ愛人をつくって芸妓復帰。
お金も愛情もたっぷり注いでくれた旦那を裏切って芸妓に戻っただけに
周囲の目は厳しく、敗戦を期に時代も変わっていたのでしょう、
宴席の性質にも風雅さが薄れ、行く場所をなくします。

彼女はカフェの女給をして食いつなぎ、やがて彼女個人が人気を得て
自宅を改造してバーを始めます。
女主人が主役の、女主人とおしゃべりしたい人がくるバーです。
芸妓時代からの古いお客が我先に店を訪れ、愛人もちの秀を相手に
思い思いに時間を過ごし、あるときは文人が連れ立って訪れるような店。
うなぎの寝床のように細長い手狭な店は、その雰囲気をこそ愛され
繁盛し、やがて舞台は東京銀座へ。

常連の作家たちに応援されて銀座にも店を構えた秀は、それでも愛人と別れず
この愛人はのちに東映やくざ映画を世に生み出すことになります。
それはいいのですが、この人、やたらもてる。
秀に食べさせてもらっていながら、秀との家に彼の戸籍上の家族も出入りし
彼の家族まで秀が扶養していたのです。

一途に愛して、子供まで産んで、それでも秀(自身)とは愛人関係のまま。
そんな男にそれでも尽くす秀も秀ですが、そういう状況を目の当たりにして
しかもその女に扶養されながら、戸籍上の家族を止めないひとたち。
私にはそれが不思議でした。

お金だけほしいのであれば離婚して慰謝料を取ればいい、
複数の子供もいるのだから養育費だってぶんどればいい、
それでもそういう選択をしなかった「妻」の気持ちがよくわからなくて
不思議だと思いながら話に引き込まれました。
彼(と特にその娘)が有名な人であるだけにリアルに印象深い
家族の話でした。

仕事をする人間として読めばある種のキャリアアップ譚だし、
登場人物のきらびやかさも魅力的だし、
なによりも波乱万丈なその航路が面白い
ある時代をきりとった作品でした。
by karadanokoe | 2009-06-11 14:04 | 立ちよみ時どき座りよみ
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