『無名』

このごろ父のことを考えています。
ぼんやりと、断続的に、でも気になるのです。
喜怒哀楽の激しい人ですぐ手がでるし、とにかく怖かった父。
そんな父がすこし弱くみえる今日このごろ、寂しさを感じています。

父をぼんやりと考えはじめて浮かんだ本は二冊。
山本周五郎『樅の木はのこった』
沢木耕太郎『無名』

いくつかの理由で縁を感じた一冊。
一つ目の理由は前述の状態、父について考えているから。
二つ目は純粋な興味です。
むかし読んでいまでも印象的なのは、沢木耕太郎自身が真摯な読書家だということ。
本の解説を引き受けたら、対象者の全作品を読むのが基本という姿勢、
対談でも相手の著作すべてに目をとおして行うということ。
あらゆる意味で「まっとう」な沢木耕太郎という知性を育てたのは、
いったいどんな環境なのか、とても興味がありました。
きっとインテリジェンスあふれる環境だったのだろうと勝手に想像していたのです。
三つ目は、この本を探すためにふらりと入った書店に文庫本がちゃんとあったこと。
これも一つの縁だと思っています。

意外だったのは沢木さんのお父さんが長いあいだ社会的には非力だったこと。
文章を書く仕事(教員や文筆家・郷土史研究とか?)をしているのかと思っていたので
いわゆるブルーカラーとして生計をたてていたことに驚きました。

それでもやはり読書家であって、貸本や古本をふくめて常に読書が傍らにあり、
たくさんの別世界を子供に伝えることができた人。
そんな父親を、沢木さんはほとんど畏怖しているのです。
「まっとう」にこだわる沢木耕太郎の著作から受ける著者自身の価値基準が、
旧制中学的教養と知識、高い倫理観をもった父親にあることが伝わってきました。
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by karadanokoe | 2007-02-18 20:35 | 立ちよみ時どき座りよみ
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